【書評】『おかしな二人―岡嶋二人盛衰記』

2014年6月5日木曜日

書評

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かつてこれほどまでに小説を書くと言うことを詳しく書いてくれた本があったでしょうか。

僕にとっては、(小説を楽しむだけで自分で書いた事がないと言う意味で)、小説家と言えば、まるで違う価値観や世界観を持ち、全く違う次元で悩んでいる人たちだとばかり思っていました。
本書では、「小説ってどうやって書くの?」と言う素朴な疑問から始まり、プロの小説家として生活するまでを描いています。

岡嶋二人さんと言う小説家をご存知な方にとっては、(本書を手に取る方のほとんどがご存知かもしれませんが)、どのように二人で小説を書いていたのか?どうして解散してしまったのか?と言うことのほうが興味があるのではないかと思います。

でも、全くの素人が小説家になるまでと言う観点から本書を読むと、こんなにいろいろなことを書いてしまってもいいの?と思うほど、小説を書く過程を描いてくれています。僕はずっと小説を書きたいと思って最初の一行どころか、最初の一文字すら書けないのですが、なんだかこれを読むと書ける気がしてきます。少なくとも、小説を書くためには何が必要なのかをわかった気にはなります。わかった気になる事と実際に書けるのとはまるで違う事なんですけど。


本書は、井上夢人さんが書いた、岡嶋二人
(井上夢人さんと徳山諄一さんの共作のペンネーム)がいかにして生まれ、そして解散したのか、を書いています。


ストーリー(概要)

小説ではないので、ストーリーとは言わないのでしょうが。概要を。

井上泉(井上夢人)さんが、引越しの荷物を運ぶために友人のダダさんに車を出してくれるよう頼んだところ、ダダさんが車を持っている友人として連れて来たのが徳山諄一さんだった。

三人は、思いつきで「バビル・イメージ・レストラン」と言う映像制作と写真撮影を請け負う会社を起こす。しかし、11ヶ月で事務所を閉じることになる。経営に関しても、営業に関しても素人な三人がなんとかなるだろう、と言う楽観的な気分で始めた会社だったので、ある意味、当然と言えば当然の結果だった。

しかし、その11ヶ月の間、井上泉さんと徳山諄一さんは、暇を持て余すあまりくだらない会話を発展させて推理小説のネタ作りなどに興じていた。
江戸川乱歩賞を取れば小説家になれるのでは?と言う安易な考えから江戸川乱歩賞を目指す。

ふたりは、全くの素人であったため、「どうすれば小説って書けるのかな?」と話しあう。
小説の書き方もわからないふたりは、とりあえず、自分たちが面白い、それも最高に面白いと思えるものだけを書こうと決める。そのために、まず推理小説につきもののトリックを起点として発想していく。

誰もがびっくりしてワクワクするようなアリバイやトリックを発想するため、どちらかが何かを見たり聞いたりした話しを起点にどんなトリックが考えられるか?と徹底的に「転がした」
それはまさに共同作業だった。

たくさんのアイデアがボツになり、やっと形になったと思ったアイデアは、実際に書いてみるとディテールの部分で不整合が起きたり、全く面白くなかったり、の繰り返しだった。

その頃から、徳山諄一さんが素材を集めて、井上泉さんがまとめあげて書くと言うスタイルが出来上がる。

その頃を井上泉さんが振り返り、岡嶋二人にとっての黄金期だったと言っている。全てにおいて、本当の意味での共同作業だった。

最初の年に江戸川乱歩賞に応募するためのアイデアは、締め切り数週間前によし書いてみようとなり書いてみたらまるで書くための時間が足りず、結局翌年に持ち越しとなったりした。

驚いたことにこの時、井上泉さんには奥さんもあり子供もいた。子供を養うためにアルバイトをしてみたり、フリーのライターになってみたり、何故か専業主夫になってみたりしている。
今の価値観で言えば完全なるダメ夫である。ほとんど趣味のような小説に時間を取られ、家族を養うこともおぼつかない。それでも許している奥さんが偉大だ。

周りの協力もあり、なんとか書き上げた小説は江戸川乱歩賞の一次選考は通ったものの、二次選考で落とされた。それでも始めて自分たちの名前が活字になり本に載った。その事でふたりは、いつかは自分たちの小説が活字になる興奮を味わう。

現在であれば、誰でもパソコンやiPhoneを使えば自分の書いた文章を活字として印刷出来るしプリンターがあれば小説のような本を作ることだって出来る。でもその当時、自分の書いた文章が活字になると言うのは限られた人にだけ与えられた特権だったのだ。

この辺りは、若い人にはイマイチぴんとこないかもしれない。でも本当に感動したものなのです。始めて自分の書いた文章がまるで買ってきた本のように印刷されるって言う事が。

それからふたりは、アイデアを出し転がし、小説にした。

この時井上泉さんは、小説の書き方の本を読み漁っている。けれど結局一番身についた方法は、昔の人の本を模写する作業だった、と言っている。
何かを伝えるための文字数、行間の埋め方、改行のさせ方、セリフの入れ方など過去の偉人たちの文章を模写することが最も効率的に文章技術を向上させた。

幾度の挑戦の末、賞をいただける可能性が高いと出版社、新聞社から連絡が来てウキウキして電話を待っていると落選の連絡が。
しかし、次の年ふたりはやっと賞を取る。
実に始めての挑戦から7年が経過していた。


賞を受賞したふたりに待っていたのは、バラ色の小説家としての人生ではなかった。受賞翌日から出版社から届く依頼。果てしない締め切りの連鎖。もともとひとつのアイデアをふたりで話し合い転がし、練り上げるスタイルのふたりには、明らかに時間が足りなかった。

自然と分業作業にするしかなかった。徳山諄一さんが素材を集めて、井上泉さんがまとめあげて書く。
しかし、徳山諄一さんの素材は、しばしば、ほとんど締め切りに間に合うことはなくなった。

井上泉さんは次第に自分だけで書く小説が出るようになり。。


マクロとミクロ

小説に限らず、物事にはマクロとミクロの視点がある。
マクロな視点をおろそかにすると、全体がバラバラになり、ミクロな視点をおろそかにすると、意味のないものになる。

岡嶋二人と言うコンビは、マクロな視点を井上泉さんが得意とし、ミクロな視点を徳山諄一さんが得意としていたように思う。


神は細部に宿る、と言う言葉にもあるようにミクロな視点が変わってしまえば、同じものなのに何か物足りない。
マクロな視点がなければ自己満足な素材の寄せ集めになってしまう。
そのバランスが揃ってはじめて他にはない素晴らしさが生まれる。

だからこそ、ふたりの小説は(文中の言葉を借りれば「ほとんど売れなかった」ようだが)、一部の読書にとても愛されていた。


すれ違い

もちろん、いろいろな解釈があるし実際のところは本人たちにしかわからない。
しかし、仕事においても良く起こる現象として例えば開発者と企画者の軋轢は、往々にして見ている世界が違う事から起こる。

企画者は、全体の売り上げのためにこの方法でいくべきだと言い、開発者はこの方法ではうまくいかないと言う。
企画者は手法に興味があるわけではなくアウトプットと売り上げ結果に興味がある。
開発者は手法にこそ興味がある。
意見の食い違いは、決してどちらかが優れていてどちらかが怠けている事から起こっている事ではない。
それは生き方の問題と同じように多様性の問題なのだ。

本書においても、江戸川乱歩賞を受賞後ふたりのすれ違いが続く。
本書を読むと、徳山諄一さんの素材提出が全く期限を守らずそのために井上泉さんはイライラし、幾度となくなだめすかし怒り散らしたとある。

本書で、井上泉さんの奥さんは、解散の意思を伝えた時に「良く持ったわね。」と言うような事を言っている。
きっとわかっていたのだと思うのですが、どちらがどう悪いから結果として悪くなっているのではなく(細かく砕けばあるいは原因と結果は結びついたのかもしれないけれど)、それはすでに全く別な道を歩みはじめてしまったふたりが以前のように混じり合うのは不可能だったのではないかと推測されるのです。

右手と左手ならば、「バイバイ」と言って別れるわけにはいかないけれど、所詮人と人は、「バイバイ」と言って別れることができる。


最後に

岡嶋二人さんの小説を読んだことがない方は、かなりネタバレの本ですので小説を先に読んでから読むほうが良いかもしれません。

本書を読むと、岡嶋二人として出した本の中にも、本人にとっては駄作がたくさんあることがわかります。
素人でも、大好きな作家さんの本を読んでいて、あれ?なんか今回面白くない?と思う時は少なくないです。
でも、やっぱり作家さんも人間なので素晴らしい本が書けた!と言う時と、締め切りに間に合わせるために自分が何が書きたいのか良くわからないまま出してしまった本と言うのはあるんだなぁ、と今更ながら思いました。

そして、毎週のように発行される本の中で生き残るのも本当に大変なんだな、と今更ながらに思います。
いろいろな事を考えさせてくれる本です。

以上です。


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